つよい風が流れている丘の上。そこには小さな木造の家が建っている。近くに木々は無く草原の様になっていて、その家だけが孤立しているようにも見える。人の気配が無いのにすたれている様子がまるでないこの家には時折、風に乗って届く物がある。
天気の良いおだやかな日の午後。家から少しだけ離れた草原で静かに揺られていたAは、風に乗って来るそれに気付いて声を上げる。
A「ねえ、みてあれ」
Aは立ち上がり、走り出そうとする。
B「あ、ほら、待ちなさい。危ないですよ。あなたまで飛ばされてしまう」
まだ風に乗っているそれに向かって近づこうとしたAを隣にいたBが慌てて腕をつかんで引き止める。
A「もう。これぐらい平気よ」
B「いいから、あなたはおとなしくここで待っていて下さい。私が取ってきますから」
不貞腐れたAをなだめていると、いつの間にか風が弱まっている。ゆっくりと草原の上に乗ったそれをBが優しく拾い上げ、Aの元へと戻ってくる。手渡されたそれはメッセージの書かれたポストカードのようだ。
B「はい、どうぞ」
A「どうもありがとう。これ何語?さっぱり読めないわ」
B「さあ、私もわかりません。でも一緒に写ってるこの写真の方は、とても幸せそうですね」
A「最高の笑顔ね。うん、良い腕だわ」
B「これはまた、あそこへ持っていっておきましょう。いつか引き取りに来る筈ですよ」
A「私、あの屋根にいる風見鶏が、ここに来た時からお気に入りなのよね。ずっと見てたくなるの」
家の一番高い所で風に揺られている風見鶏を見ながら話をしていると、家の扉がゆっくりと開く。次いで中からおだやかな顔をした女老人が出てくる。
B「おや、誰か出てきましたよ。どうやら無事に会えたみたいですね。良かった。…何をしているんですか?」
隣を見るとAは女老人に向かって両手でカメラのポーズをとって片目を閉じている。
A「私も最高の笑顔を撮ろうと思って。」
B「どうです?撮れましたか?」
A「ええ、ばっちり。完璧よ。」
いたずらが成功した様な笑みを見せたAにBも思わず笑顔になる。
B「では私達も早くこれを。きっと今頃引き取り手が探していることでしょう」
A「そうね。早く来るといいけれど。大丈夫よ。きっとすぐ会えるわ」
A、ポストカードに向かって話しかける。AとB、家に向かって歩き出す。
B「ここにはずっと古い手紙もありますからね。でももし、本当に届けたいものならば、それはきちんと届きます。ましてや、ここに来たのですから。」
A「ふうん。そういえば、どうして皆ここに飛んで来るのかしら?」
B「それはきっと見つけてもらいたいんですよ。心を込めて書かれたものは特に。ほら、私達だってそうでしょう?」
おだやかな風を身体に受けながら二人は家に近づいていく。
A「そうね。でももう待ちくたびれちゃったわ。私もいい加減会いたい。ああ、早く来ないかなあ」
玄関の前に着き、Bがゆっくりと扉を開ける。Aがため息をつきながら中へと入っていき、それを見てBが苦笑している。
B「そのうち会えますよ。あなたがここに来たんですから。」
Bは家の中に向かっておだやかに笑い、扉をゆっくりと閉める。その向こうからかさり、とかすかに紙の音がした。
風見鶏は、今日もここへ手紙を運んでくる。